50代建設業の退職金と建退共、転職タイミングの見極め方
- 厚生労働省の令和5年就労条件総合調査では退職給付制度のある企業は全体の約7割強で、勤続20年以上と10年未満で退職金額に数倍の差が出る傾向がある。
- 建設業退職金共済(建退共)は同じ建設業界内での転職なら共済手帳の積立実績が継続し、建設業を離れる時点で一括請求できる制度である。
- 会社の退職金は勤続年数に応じて増える設計が多く、転職は退職金の節目となる年数の直前を避けるのが実務の目安とされる。
「建退共の手帳、次の会社に持っていっていいんですか?」ある50代の現場代理人の方(仮)にそう聞かれたとき、僕は正直、質問の意味がすぐには分かりませんでした。手帳を見せてもらうと、証紙がびっしり貼られたページが何冊分もあり、それだけで20年以上の現場経験の重みを感じました。
結論から言うと、答えは「同じ建設業界内での転職なら、基本的に持っていっていい」です。ただし、それを知らずに退職金を「もらえるはずのものを取り忘れて」転職してしまう50代を、僕はこれまで何人も見てきました。会社の退職金制度と、建設業だけに存在する「建設業退職金共済(建退共)」という制度は、まったく別物として動いています。この二つを混同したまま転職のタイミングを決めてしまうと、本来受け取れたはずの金額を減らしてしまうことがあります。この記事では、50代が転職を考えるときに退職金・建退共の面で何を確認し、どう動けば損をしにくいかを、実際の失敗例や実務手順まで含めて整理していきます。
1. 建設業だけの仕組み「建退共」を理解する
建設業退職金共済制度、通称「建退共」は、建設業で働く方のために国がつくった退職金の仕組みです。会社が現場で働いた日数分の共済証紙を共済手帳に貼り、その積立が退職時に一時金として本人に支払われます。運営しているのは勤労者退職金共済機構の建設業退職金共済事業本部で、加入は会社単位、積立の実績は個人の手帳に紐づきます。
ここで大事なのは、「退職時」というのが「今の会社を辞める時」ではなく「建設業から完全に離れる時」を指している点です。同じ建設業界の別の会社に転職する場合は、これまでの共済手帳をそのまま新しい会社に提出し、証紙の貼付を継続してもらうことができます。つまり会社を辞めても、建設業に残る限り積立自体は途切れません。僕の体感で言うと、この仕組みを正しく理解している50代の方は、実はそれほど多くありません。手帳の存在自体を「昔もらった記念品」くらいに思っている方にも、これまで何人か会ってきました。中小企業退職金共済(中退共)と名前が似ているため混同されがちですが、建退共は建設業の現場労働日数に紐づく専用の制度である点も、あらためて押さえておきたいところです。
2. 会社の退職金はバックロード型——早く辞めると増え方の途中で切られる
一方で、会社独自の退職金制度(内部積立や中小企業退職金共済など)は、建退共とは別の設計で動いています。厚生労働省「令和5年就労条件総合調査」によれば、退職給付制度(一時金・年金)がある企業の割合は全体で7割強とされています。ただし制度がある企業でも、その支給額の増え方は勤続年数に対してなだらかではなく、勤続20年前後から支給額が大きく伸びる、いわゆるバックロード型の設計になっている傾向があります。
これは、勤続10年未満で退職した場合と、勤続20年以上で退職した場合とで、退職金の額に数倍の差が出ることを意味します。50代で転職を考える方の中には、あと数年で自社の退職金の「節目」を迎える方も少なくありません。この節目を知らずに動いてしまうと、建退共側は無傷でも、会社側の退職金で数十万円〜百万円単位の差が出ることがあります。僕がこれまで見てきた中では、勤続19年目で転職の話を進めてしまい、あと1年待てば節目を越えられたはずのケースを、後から知って悔しがった方もいらっしゃいました。規程を読み直せば数字は必ず出てくるので、「知らなかった」で済ませないための一手間だと考えています。
3. 転職タイミングの見極め方——建退共と会社退職金、両方の目線で
転職のタイミングを考えるときは、この二つの制度を分けて確認する必要があります。建退共については、「転職先が建退共に加入しているか」「手帳をそのまま引き継げるか」の2点をまず確認します。同業界内での転職であれば、多くの場合は問題なく引き継げますが、加入していない会社もゼロではないため、内定後の条件確認の段階で必ず聞いておくべき事項です。
会社の退職金については、自社の退職金規程を確認し、「勤続何年で支給額がどう変わるか」を把握することが先決です。あと1〜2年で節目を迎えるのであれば、その節目を待ってから動くという選択肢も現実的な判断になります。逆に、会社の退職金制度自体が薄い、あるいは節目まで長い年数が残っている場合は、退職金を待つメリットが小さく、早めに動いたほうが総合的なキャリアの得が大きいという判断もあり得ます。二つの軸は連動していないので、同じ表の上で一緒に考えようとすると混乱しやすい、という点は覚えておいていただきたいところです。加えて、転職先の給与水準や資格手当が今より上がるなら、退職金の一時的な目減りを数年で回収できるケースもあり、単年の損得ではなく数年先までの総額で見る視点も欠かせません。
4. よくある失敗と、その対処法
僕が相談を受けてきた中で、実際に起きた失敗として多いのは次の4つです。1つ目は、建退共に加入していない会社に転職してしまい、それまでの積立を活かせなかったケース。建退共は法律上の加入義務がある事業ではあるものの、実務上未加入のまま現場に人を出している会社が存在するのも事実です。対処法は、内定を受ける前の条件確認の段階で「建退共の加入状況」を人事担当者に直接確認することです。回答を渋る、あるいははっきり答えられない会社は、それ自体が一つの判断材料になります。
2つ目は、退職金の節目を知らずに退職日を決めてしまったケースです。多くの会社では退職金規程が就業規則の一部として存在しますが、日常的に目にする機会は少なく、50代になって初めて詳しく読む方も珍しくありません。対処法は単純で、転職活動を始める前に、まず自分の退職金規程のコピーを人事から取り寄せて確認することです。この一手間だけで、節目を跨ぐかどうかの判断ができるようになります。
3つ目は、建退共の手帳そのものを見つけられなくなっているケースです。長年の転職や会社の統合を経て、手帳の所在が分からなくなっている方も一定数います。この場合は、勤労者退職金共済機構の窓口に本人確認資料を持って相談すれば、積立実績の再発行や照会が可能です。手帳を失くしていること自体は珍しくないので、慌てず窓口に相談するのが実務的な対処です。
4つ目は、会社独自の「退職金前払い制度」と建退共を混同してしまうケースです。給与に上乗せで退職金相当分を前払いしている会社もあり、この場合は退職時にまとまった一時金は出ません。転職の条件面談では、退職金が「積立型」か「前払い型」か、建退共とは別枠かどうかを名称に頼らず一つずつ確認することをおすすめします。
5. 実際に多い3つのケースと損得の分かれ方
転職の形によって、建退共と会社退職金の扱いがどう変わるかを整理すると、おおむね次の3つのパターンに分かれます。
| ケース | 建退共の扱い | 会社退職金の扱い |
|---|---|---|
| 同業界内で転職 | 手帳・積立を引き継ぎ継続 | 今の会社の退職金は退職時点の勤続年数で確定 |
| 異業種へ転職(建設業を離れる) | その時点で一時金として請求可能 | 今の会社の退職金は退職時点の勤続年数で確定 |
| 独立・一人親方になる | 建退共は個人事業主として別枠の扱いになる場合が多い | 会社の退職金は退職時点で確定、以後は積立なし |
この表からも分かる通り、建退共は「業界内に残るかどうか」で扱いが分かれ、会社の退職金は「今の会社をいつ辞めるか」で額が確定します。この二つを同じタイミングで一気に判断しようとすると混乱しやすいので、別の軸として整理してから、転職の意思決定に落とし込むのが実務的だと僕は考えています。独立・一人親方を検討している方は、建退共の扱いが会社員時代と変わる点だけでも早めに確認しておくと、後の手続きがスムーズになります。
6. 転職前にやるべき実務手順
実際に転職を考え始めたら、退職金・建退共に関しては次の手順で確認しておくことをおすすめします。所要時間の目安も併せて挙げておきます。
- 今の会社の退職金規程を人事に確認し、勤続何年で支給額がどう変わるかを把握する(規程のコピー入手まで概ね1週間程度)
- 自分の建退共の共済手帳の積立実績(証紙の貼付状況)を確認する(手帳を持っていればその場で確認可能、数分程度)
- 手帳が見当たらない場合は勤労者退職金共済機構の窓口に照会する(電話・書面での照会に1〜2週間程度)
- 転職先候補が建退共に加入しているかを内定前後の条件確認で聞く(面談内で数分の質問で確認可能)
- 退職の時期を、会社退職金の節目の前後どちらにするか比較して決める(規程を確認した時点でその日のうちに判断可能)
この手順のうち、面接前に必須なのは1と2だけです。3〜5は内定が出た後でも十分に間に合いますが、退職金の節目については、退職の意思を伝える前に自分の中で計算しておく必要があるため、転職活動を始める前の段階で一度確認しておくことを僕はおすすめしています。家族がいる方は、退職金の受取時期や金額感を早い段階で共有しておくと、後の生活設計の相談もしやすくなると感じています。
(結論)
建設業の50代が転職を考えるとき、退職金は「会社の退職金」と「建退共」という二つの別制度で動いているという前提を持つことが、まず大事な一歩です。建退共は同業界内に残れば積立が継続し、会社の退職金は勤続年数の節目で支給額が大きく変わる傾向があります。この二つを分けて確認し、節目のタイミングと転職の意思決定を近づけていくことが、退職金で損をしないための実務的な進め方だと僕は考えています。
皆さんいかがでしたでしょうか。退職金の制度は複雑に見えますが、確認すべき項目はそれほど多くありません。今日のうちに、まずは自社の退職金規程と建退共の手帳を確認してみてください。では今日もがんばりましょう。
よくある質問
Q. 建退共の共済手帳は転職したらどうなりますか?
同じ建設業界内で転職する場合、共済手帳とこれまでの積立(共済証紙の貼付実績)は基本的に引き継がれ、勤続としての通算が可能です。ただし転職先の会社が建退共に加入していることが前提になるため、面接や内定後の条件確認で必ず加入状況を確認する必要があります。建設業を完全に離れて別業種に移る場合は、その時点で退職金として請求する手続きに入るのが一般的な流れです。
Q. 会社の退職金は何年勤めればもらえますか?
会社の退職金規程によって異なりますが、多くの企業は勤続3年程度から一部支給、勤続20年前後から支給額が大きく伸びる設計を採用している傾向があります(厚生労働省「就労条件総合調査」参考)。50代で転職を考える場合は、自社の退職金規程を確認し、節目の勤続年数の直前に退職するかどうかで受取額が大きく変わることを踏まえて動くのが実務的です。
Q. 退職金が少ない会社から転職するのは損ですか?
一概には言えません。退職金の絶対額だけでなく、建退共の積立実績・新しい職場の給与水準や資格手当・監理技術者としての処遇まで含めて比較する必要があります。僕の体感では、退職金が薄い代わりに月々の給与や手当で還元している会社も多く、退職金単体で損得を判断せず、生涯で受け取る総額のバランスで考える視点が大切だと考えています。
IT人材業界20年、ギークリー創業を経て現職。個人として通算4,200名のキャリア面談を実施してきた経験に基づき監修しています。本文中の年収・難易度等は独自ガイドの目安値であり、個人の経験・企業により変動します。